これが「学校に行く意味」「勉強すべき理由」だ!スティーブ・ジョブズの「点と点を線でつなぐ」話を解説しよう

スティーブ・ジョブズが披露したスタンフォード大学卒業式でのスピーチは、世紀の名演説として今でも多くの人にヒントを与えている。

今日は「勉強する意味」に焦点を当てて、ジョブズがスピーチの中で語った3つの話題のうちのひとつ、「点と点を線でつなぐ」話について解説する。

大学中退と「カリグラフィ」

ジョブズはあれほどまでに優秀な経営者だが、実は大学を出ていない。

ジョブズはスピーチの序盤で、まずはそのことについて触れている。

「大学に行く意味を見出せず、両親(肉親ではなく、里親)の貯蓄をそれに費やすことに罪悪感を感じた。」

ジョブズもまた、大学に通う意味を見出せない学生の一人だったのだ。

彼はそこで退学を決意し、実際に退学することになる。

退学後も大学に出入りしていたジョブズは、学生に紛れて自分の興味のある講義にだけ参加していた。

そのうちの一つに、「カリグラフィ」の講義があった。

カリグラフィとは日本における書道のようなもので、美しい字体を習得出来る。

ジョブズがカリグラフィの講義に参加していたのは他でもない、単なる興味本位からである。

退学して必修の講義を受ける必要が無くなったため、興味に任せてカリグラフィを学んだのだった。

「カリグラフィ」は興味深いだけか?

アップル社を代表する製品に「マッキントッシュ」というパソコンがある。

通称「マック」である。

このパソコンには様々の素晴らしい機能が搭載されていたが、そのうちの一つに「美しい字体を持ち、それらを表示することができる」というものがあった。

勘の良い人は既に気付いたかもしれない。

この「マッキントッシュ」というパソコンを製作するより10年も前に、ジョブズが単なる興味本位で学んだカリグラフィ。

その講義で学んだことがなんと「マッキントッシュ」の製作において役に立ったのである。

学生時代のジョブズは、10年先に自分がパソコン製作を主導することを、その慧眼で見通していただろうか?

また、自分が製作するパソコンに美しい字体を搭載することを目論んでいただろうか?

答えは「ノー」だ。

ジョブズはスピーチの中で「カリグラフィを学んだ時、これがこの先の人生で役に立つ可能性があるとは考えもしなかった」と語ったのである。

当時「これは単なる興味本位であり、特別な意味は無いことだ」と考えていたことが、後になってみれば素晴らしい価値のあるものだと判明し、それが人生で大いに役に立ったというわけである。

全ての勉強は「点」である

ジョブズは、多くの「点」を持っていた。

ジョブズに限ったことではない。

これを読んでいる誰もが多くの「点」を持っている。

一枚の真っ白なキャンバスを用意して、ペン先をキャンバスのどこか一ヵ所にトンと落としてみる。

それがここでいう「点」である。

例えば、大学で経済を学んだとする。

それは人生というキャンバスにおいて、一つの「点」となる。

また、誰でも中学の時に因数分解を学んでいるはずである。

それも既に一つの「点」としてキャンバスに存在している。

しかし「点」は所詮、点である。

「点」が単体で、何かしらの意味を持つことはない。

しかしいくつかの「点」同士が結ばれて「線」になった時、何かしらの図形を描き出すかもしれない。

その可能性は無限大で、より多くの「点」を持っているほど、より複雑で美しい絵図をも描くことが出来る。

点と点を線でつなぐ

ジョブズの持っていた「点」の多くは、「エンジニアとして必須の様々な能力」だったに違いない。

そして「エンジニアとして必須の様々な能力」という「点」同士を「線」で結び合わせた時、「パソコンを作る」という大きな絵図が完成した。

(ジョブズの場合は、他にも「経営者としての能力」などの「点」を併せ持っていたが)

ところで、それら「エンジニアとして必須の様々な能力」という「点」は、パソコンを作るために意図的に配置しておくことが出来る。

それらの「点」がパソコンを作るうえで必要だということは、誰にでも分かるからだ。

将来的にパソコンを作りたいから、学生のうちに意図的にそれらの「点」を配置しておく、ということは十分可能である。

だが「カリグラフィ」という「点」はどうか?

この「点」は「パソコンを作るため」に、あらかじめ配置することの出来る「点」だっただろうか。

ジョブズ自身がそれを否定している、「それが人生で役に立つ可能性があるとは考えもしなかった」と。

カリグラフィを学んだ当時、それはジョブズにとってただの「点」だった。

それが他のどんな「点」と結ばれることになるのか、そんなことは全く分からず、そもそも他の「点」と繋がる可能性すら考えていなかったのだ。

しかし実際には、カリグラフィという「点」は10年後に、パソコン製作の「点」たちと繋がった。

より多くの「点」を打っておくことの価値

ジョブズが学生をやめた頃に、何の考えも無しにただ打っておいた「カリグラフィ」という一つの「点」。

当時はその価値に気付かず、どのような役に立つのか想像もつかなかった。

それが後になってみれば、他の「点」たちと容易に結びつき、当然のように役に立ってしまった。

「点」がその後の人生でいかに振舞うのかは、その「点」を打っている当時には全く想像がつかず、どのように自分の役に立ってくれるのかも、結局後になってみなければ分からないものだ。

これがジョブズの「点と点を線でつなぐ」という話の結論である。

この言葉が読者の皆さんの役に立つように、分かりやすく言い換えよう。

現在学校などで取り組んでいることの中で、「これには果たして意味があるのか?これは役に立つのだろうか?」と疑問に思われることが多々あるかもしれないが、そんなことは今どれほど必死になって考えたところで仕方のないことだ。

だから、今はただ無我夢中になって、将来大いに役に立ってくれるかもしれないその「点」たちを、ひたすらに打ち続けるしかないのだ。

スティーブ・ジョブズは、この世界を大きく変えた人物だ。

そんなジョブズがこれからの社会を託すべく、卒業を迎えた学生たちへ向けたアドバイスが、この「点と点を線でつなぐ」話である。

彼のスピーチでは以上に書いたような詳細は語られておらず、比喩的(隠喩的)な表現が多く、意味を汲み取りにくいと感じる人もいるかもしれない。

このページが、そんな方々の助けになればよい。

もしくは、学校に行く意味、勉強する意味を見出せずに悩んでいる人たちの、助けになればよいと考えて書いた。

以上で解説を終える。

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