なぜ我々は幸せになれないのか

それは大きく、漠然とした問題だ。

そんな漠然とした問いに、答えを出してみよう。


現代の二大不幸

SNS(インターネット)

ツイッターやインスタグラムで見えるものは他人の(非常に断片的な)幸せである。

SNSに限らず、テレビやインターネットにおいても他人の幸せが目立つ。

幸せは、相対的なものだ。

そして人間は、他人と自分を比べずにはいられない。

自分よりも幸せな人を見たとき、我々は不幸になる。

その結果、SNSでもテレビでも、見れば見るほど不幸になるのが通例である。

SNSでは各ユーザーが、長く苦しい生活の中のほんの一瞬の「幸せな瞬間」を切り取って投稿している。

だがインスタグラムで我々が実際に提供されるものは、何十万、何百万という切り取られた幸福のつぎはぎの集合体である。

インスタやツイッターにおいて我々は、不特定多数のユーザーの幸せに、自分一人きりで立ち向かわねばならないのだ。(そして全てのユーザーが同じ目に遭っている。)

SNSの正体は「人間の承認欲求が生んだ、全ユーザーを不幸にするバケモノ」だった。

そんなSNSから自分の幸せを守るためには、SNSを発信専用のツールとして使い、出来る限り受信しないことが肝心である。


幸せ過ぎ

繰り返すが、幸せは相対的だ。

そして人間は、他人と自分を比べずにいられないし、それどころか、過去の自分と現在の自分をも比べずにいられない。

我々の多くは子供時代に幸せ過ぎた。

親は多分優しかったし、働かずとも毎日そこそこ美味しい食事をとれた。

小遣いなどもらって、金銭的余裕もあったかもしれない。

それが社会人になるとどうだ。

現代日本の社会は史上最悪の醜態を世界中にさらし続けている通り、死ぬほど働いて給料は雀の涙である。

自分が子供だった頃と比べれば、あまりにも惨めな生活だ。

人間はこのように、幸せだった過去の自分を思い出しては、より一層不幸のどん底に突き落とされる。

幸せが、不幸の原因だったのだ。


どうしろというのだ

以上の凄惨な現実を前にして、我々は既に息も絶え絶えといった精神状態だ。

それでは一体、世間は我々にどうしろというのか。

くじけずに考えてみよう。


金じゃない幸せ

「幸せは金じゃない」という言葉はもちろん嘘である。

幸せの尺度は大抵、金だ。(基本的には金持ちの方が幸せだ)

だが、金以外にも幸せを得る方法はある。

これからの日本では決して金持ちになれないであろう我々にとっては、金以外の幸せを探求するのが最も賢い戦法と言える。(金持ちになれなくはないが、少なくとも、普通に働いていたら絶対になれない)

人間は誰もが、好きなことをしているとき幸せになる。

僕であれば紅茶を飲むとき、ピアノを弾くとき、バイクに乗る時が幸せだ。

趣味を持ち、没頭することだ。

アニメやゲームでもいい。

しかし創作・表現活動を趣味とすれば、人生はより面白くなる。(例えば絵を描いたり、楽器を演奏すること)

これらの趣味は自己満足するだけでなく、練習を積んでレベルを上げれば人々に発表でき、運が良ければ評価されることもあるからだ。(つまりSNSよりも確実な方法で承認欲求を満たすことが出来るのだ)

なお、趣味のための時間が取れないような仕事は直ちに辞めるべきである。


海外進出

日本のワーキングプアは非常に深刻で、当面は改善の余地もない。

死ぬほど働いても貧乏、これが大半の日本人の生活となる。

この状況は、海外に行ってみるといささかマシになる可能性が高い。

昨今もっともポピュラーなのが、オーストラリア。

ワーキングホリデー、略してワーホリである。

聞くところによれば、オーストラリアでの週四日勤務によって得られる月収は、日本の平均的な会社員の月収よりも高額とのことだ。

ただし言語の壁やホームシック等、一定の苦痛を伴うことになる。

最近はシンガポールやフランスなども人気があるようだ。


旅に出る

突拍子もないが、これには驚くべき効果がある。

仕事に疲れ切って(人によっては鬱病になって)、思い切って旅を経験してからはむしろ活き活きと生活している、という人が多い。

旅と言えば聞こえはいいが、実際のところは「一定期間遊んで暮らす」ということである。

そんな旅に、大金は必要ない。(人生の75%を遊んで暮らすを実行すればいい)

日本一周者の多くは元社畜で、特別の金持ちではない。

また、旅先には案外、その場で働ける興味深い仕事がいくらでもある。(一週間から働ける短期バイトin北海道に書いた通り、その場で紹介を受けて働ける)

ゆえに旅人はギリギリで生きてはいるが、金には困らない。

今あまりにも現実が辛くて、死ぬほど不幸なら、死んでしまう前に思い切って旅に出てしまえばいい。

今後の人生に対する考え方も変わるかもしれない。(多くの場合、今までのような無理をしながら生活することに抵抗を感じて、ムリなく生きようという考え方になる)


金持ちになる

180度方針転換するが、本気で金持ちになりにいくなら、日本はなかなかどうして悪い国ではない。

日本ではワーキングプアが増えており、これからさらに増え続けることも目に見えている。

だがその一方で、年収1000万越えの人間も増加傾向にあるのだ。

貧富の差が絶賛拡大中ということである。

ここでもしあなたが稼ぐ側(悪く言えば搾取側)に回れるのであれば、この上なく好都合だ。

日本は金持ちに有利で、貧乏人には不利な状況になっていくだろう。

あなたに何か、金持ちになるための良いアイデアがあり、それを実行できるだけの資金と行動力があるのなら、不幸とは永遠におさらば出来る。


幸せな人たち

このような現状とはいえ、幸せに生きる人たちもいる。

彼らの生活はどんなものなのか。


ろくに働かない

日本では、まともに働いたらロクなことにはならない。

そこで、まともに働かない人たちが得している。

「まともに働く」の一例として「社員になる」ことを挙げる。

僕が今までに経験した範囲では、バイトの僕よりも社員の皆さんの方が圧倒的に低賃金であった。(僕が時給1000円以上もらっても、社員は恐らく時給換算すれば800円にも満たないだろう)

社会保険や厚生年金の天引きなどを含めて考えれば社員にはもう少し給料が出ているはずだが、将来的に年金が貰えず保険制度も破綻していることを考えると、払い損である。(天引きされた給料はもちろん現在進行形で老人たちによって浪費されている)


自分に賭ける

年金だの保険だのと国に賭けても不幸である。

その代わり自分に投資したものはムダにはならない。

蓄えた知識も、身に付けた技術も、生涯自分のものだ。

目先の幸せだけを求めるなら、一年のうち3か月だけアルバイトして、その金で残りの9か月遊んで暮らす生活をしていればよい。(これも人生の75%を遊んで暮らすを実行すればいい)

だが将来の幸せも考慮するなら、いまのうちに、最大限自分自身に金を費やしておくことだ。


好きな物事を身近に置く

人生が退屈な時ってどうしたらいいの?で書いた通り、いま楽しく過ごすための手段を複数持つことである。

一言でいえば「趣味」。

「なぜ我々は幸せになれないのか」なんて記事を書いておきながら、僕は結構幸せである。

まともに働いていないし、普段は好きなものに囲まれて生活しているからだ。

好きなことだけやって生きるのは無責任だが、(親などの身内も含めた)他人に迷惑をかけないのなら、悪ではない。

最悪の場合にも自分にツケが回るだけなら、問題ない。(当然、ツケが回らぬように努力すべきではある)


おわり

不幸の原因と解決策を最大限に考えた。

幸せって、難しい。

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