「人と合わせられない・協調性が無い」「教わるのが嫌い」は学校で教えてくれない才能

人と合わせられない、協調性がない。

大人しく話を聞いていられない。

これらは悪いこととは限らず、裏を見れば才能であることが多い。

しかし学校は、皆で、同じことを、一緒に教わる場所だ。

学校では人と合わせられないことを「良くない」と決め付けるので、このタイプは学校で才能を潰されることになり、もったいない。

現状、この才能を伸ばすには、自分で気付いて自分で伸ばすしか方法がないのである。

特異な集中力や、独特の想像力を持つ場合

具体的にどのような才能があるのかは、個人的な面談を通さねば、はっきり申し上げることは出来ない。

ただ、協調性が無いなどと言われる人に多く見られるのは、特異な集中力や、独特な想像力である。

変なものにばかり気を取られる、集中してしまう。

これは、普通の人とは違う着眼点と感性を持っている証拠である。

学校では得てして注意散漫などと批判されるが、使い方や表現次第では、芸術家なんかも向いている可能性がある。

人と違う着眼点を持つことは大切で、これが出来ればどこに行っても重宝されるに違いない。

子供の頃は、想像力に苦しめられることも多い。

筆者は想像力有り余って、授業中でも、夜に布団の中に入った後でも、宇宙の真理等について考え過ぎて、学校では「授業中にボーっとしてる」と言われ、夜は何時間も寝付けずいつも寝不足だった。

ボーっとしていたわけではないのに。

だがこの想像力が、今では活きている。

何かしらの才能が、誰にでもある。

問題はその才能を、活かすか殺すか、ということだ。

親や教師に、才能を発掘してもらえることは大変稀で、そんなことはほぼ起こらない。

ただ、誰かに何かを褒められたことくらいはあるはずだ。

であれば、それは才能である可能性が高い。

筆者は子供の頃に「文章が面白い」と少し褒められたのがきっかけで、今では毎日のように文章を書いている。

才能は案外、自分にとって当たり前に出来ることだったりするから、人に言われないと気付かない。

大人しく人の話を聞くのが苦手、教わることが嫌いな場合

大人しく話を聞くのが苦手、という人もいる。

このタイプは自分で考えて題材を持ったり、自ら学ぶ人であることが多いので、ますます貴重と言える。

思考の整理学という名著の中で「グライダー」という項目があり、グライダー人間と飛行機人間の違いについて述べている。

大多数の人間はグライダー人間であり、人の話を聞いて真似ることで、教わったことを、教わった範囲内で上手くやれる。

ただし自ら物事を考えたり、自分なりの題材を持つのが苦手で、卒業論文などが書けずに苦労するのがこのタイプの特徴だ。

グライダーだから流れに乗ったりするのは得意だが、自発的な動力であるエンジンを持たないのである。

人の話を聞くのが苦手、教わるのが嫌いとかいう人は言わずもがな、飛行機人間である。

飛行機人間には自分なりの考え・アイデアがあるから、他人からの指図や、余計な意見の取り入れを嫌う傾向にある。

ただし「思考の整理学」が示す通り、学校はグライダー養成所であるから、飛行機人間は基本的に教師から嫌われ、邪険に扱われる。

先生が手本を見せる前から、好き勝手に飛び回られては困る、という具合だ。

だから教師は「ちゃんと話を聴け」と叱る。

勝手にエンジンを回していると、それを止めようとする。

学校は多くの平均的な能力を持つ人間を輩出することが出来る。

その反面、学校でははみ出してしまう才能をへし折るという悪い面がある。

学校でダメだと言われる人は、大抵、ちょっと特別な人間である。

特別な人間を育てるには、特別な力が要る。

学校に勤める教師たちはほぼ普通だから、特別な才能のある子供は教師の手に余る。

そして多くの場合、親の手にも余る。

必然、どこへ行っても、「お前はダメだ」と叩かれるばかりである。

しかし特殊な才能を持つ人間が、無理やり凡人たちに合わせようとしても、苦しいだけだ。

人と合わせずに済む、自分に合った生き方を考える必要がある。

それは少なくとも、学校では教えてくれないし、親も教えてはくれない。

自分の才能に思い当たる節があるなら、それを活かす方法を検討してはいかがだろう。

スポンサーリンク







スポンサーリンク