不思議な話「死なずに目覚める」

知らない女が家に出入りしていた。

そいつは悪い奴というわけでも不気味な奴というわけでもなかったが、ただ妙だとは思っていた。

女が現れると、決まって、俺は深い眠りに落ちていく。

そしておかしな夢を見る。

自分が事故で死ぬ夢だ。

その事故というのは交通事故ではない。

戦後最悪の人災とまで言われる、建造物倒壊の事故によるものだ。

俺はその建物の一室にいたから、それで死んだ。

しかし、それはいつでも夢であった。

死ぬと目を覚ますのだ。

女は時々、不意に現れては、俺にこの夢を見せる。

最初はなんとも思わなかった。

女にはこれといった悪意も見受けられず、俺は夢で死んで目を覚ますだけであった。

しかしそれが繰り返されるうち、次第に嫌気がさしてきた。

たとえ夢の中でも、そう何度も死にたくはないもんだ。

そして次に女が現れた時、寝かしつけられる前にいよいよその女を捕まえてやった。

女は少し抵抗したが、意外にもすぐに観念した。

別段酷いことをするつもりもなかったから、ゆっくり話を聞かせてもらうと伝えて落ち着けて、人の無い部屋で椅子に座らせた。

この後いくらか話をしたが、女は見掛け通りの何でもない女だった。

やはりこの女と例の夢には関連が無かったのかもしれない、なんだか申し訳ないことをしたと思った。

しかしこの出来事の直後、夢の内容が激変してしまった。

いつもはぼんやりとただ落ちて死ぬ風だったのが、今度ばかりははっきりと見覚えのある建物の中をぐるぐると彷徨うことになったのだ。

あまりにも現実と似通った風景のために、本当は現実ではないかとすら疑うほどだった。

ただ、この建物には、本来あるべきところに出口が無い。

結局これが夢であることは理解したが、俺はどうすることも出来ず、建物の中をただ歩き回るしかなかった。

そしてこの夢はいやに長く、いつまでも終わらなかった。

どうかすると、あの女の仕業ではないかと考えた。

捕まえたのを実は根に持っていて、だから俺にこんな嫌がらせをするのだと思った。

それにしてもあの女の正体は未だに不思議で、やはりあれはこの世のものでないような気がしてきた。

それならこの現状にも少しは合点がいくというものである。

構内を余程徘徊した後で、ようやく別の人間に出くわした。

作業服を着た男が、何か黙々と働いていた。

その男はこちらに気付いているのか気付かないのか、俺が近寄っても相変わらず自分の仕事をつづけた。

俺はそこで初めてこの見慣れた建物が倒壊しないということが分かったのだ。

いつもは恐らくこの建物の倒壊によって死んだが、もはや倒壊しない建物は俺を殺しはしない。

すると、たちまち俺はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。

毎度俺を殺して夢を終わらせていたこの建物は、既に生まれ変わったような面をしていて、まるで俺に知らん顔をする。

この時、そこが自分の本当の居場所ではないような、何とも言えず肩身の狭い思いをしたのをよく覚えている。

その後のことはめっきり忘れたが、終に、どことも知れない病院の一室で目を覚ますことになった。

この時、これまでに起きていたことの総てが丸きり夢であったことに気が付いた。

度々出てきて俺に夢を見せていた例の謎の女も含め、全てが俺の夢だったのだ。

同時に、夢の中で頻繁に俺を殺したあの建物は、現実で俺の住んでいた高層建築であったことを思い出した。

そしてこれは後から聞いた話である。

3年前、俺の住まっていた高層建築は倒壊していた。

俺を含めた大勢の人間がその事故の犠牲となったのだが、俺は運よく命を取り留め、しかし何年もの間昏睡状態を続けていた。

まるで回復の見込みがなかった俺だが、事故から3年が立った先日、突如として目覚めることが出来た。

担当の医者もその他の看護婦たちも、皆大変に驚いた。

とのことだった。

その事故の時分、当番のために止む無く休日出勤していて唯一助かってしまったおやじは、俺が目覚めたという報せを聞いて会社から飛んできた。

病室に入るなり目に涙を一杯ためて「よかった」と言ったから、俺も思わずじわりときて、人のいない方を向いて堪えた。

他の肉親はその事故で失ったが、今ではおやじと二人、幸せに暮らしている。

最後に、今となっては真にどうでもいいことではあるが、ここだけの話、あの女には感謝している。

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