ライダーハウスはヤバいのが通常である。
まともなライダーハウスなど見たことがない。
だが比較的穏やかに暮らせた東北で、この「あかぶ」というライダーハウスには度肝を抜かれた。
どんなにヤバいものも、ヤバいだけとは限らない
おれが気に入っている北海道のライダーハウスで、まるで秘密基地みたいのがある。
そこでは経営者自らの手で施設の増改築が進められ、日々快適性の向上が図られている。
そんな宿は他にそうはあるまいと思っていたら、ここ「あかぶ」がそれだった。
しかも、宿のオーナーが建設会社の役員だから話が速い。
つまり自社の社員を引っ張ってきて自給自足で増改築を繰り返している。
おまけに、宿に泊めた旅の者をいちいち超短期間のバイトとして雇用したりするから、作業はますます進むわけだ。
おれは居候する狐という設定で全国を周るから、無論、ここでは大いに御厄介になってやった。
このあかぶを最初見た時「まるで廃墟だ」と思ったら、この建物は本当にホテルの廃墟だった。
その風情は相変わらず施設内に残っており、居間から洗面所へ抜ける通路さえ御覧の通りの有り様だ。
廃墟好きが知ったら、こぞって泊まりに来るはずだ。
それにしても、宿のオーナーは相変わらずひどい訛りでぺちゃこらと話しかけてくる。
最初は何がなんだか分からないし、おれは疎通するまでしつこく聞き返していた。
だがそれも一週間も繰り返すうち、一度で聞き取るようになってしまった。
この時ばかりは馬鹿のおれでも、試しに外国語を習ってみたら、案外聞き取るようになるかもしれないと思ったもんだ。
実はこのオーナーも大分変わり者で面白い。
ある時「いつも何喋ってるか全然分からないです」と素直に伝えたら、彼はむせるほど大笑いしていた。
そういう磊落な性質だから、一緒にいて気が楽でもある。
飯に困ることもなかった。
宿ではあれこれ作ってくれるし、他の社員が休日に釣ってきたデカい魚を捌いて一緒に食うこともある。
120キロ先にある久慈の町まで出張すれば、定食屋なり、夜の居酒屋なりでたらふく御馳走になった。
そうやって一週間も過ごして、岩手の外国語も大方学んだ。
ぼちぼち出ようと考えていたら、久慈の営業所にも泊まってけ、とオーナーが言ってくれる。
おまけに彼は、久慈のとあるNPO団体の幹部におれを紹介したから、おれはその人たちのコネで琥珀美術館など行って遊びほうけることも出来た。
どこへ出たって誰かの恩を受けるばかりだ。
ふと、バイクのサイドバッグに積んである干しリンゴを思い出した。
先日秋田の居酒屋で話し掛けてきた女性が手渡してくれた、手作りの干しリンゴだ。
大変うまいが一人じゃ食い切れないほど受け取ったんで、久慈では当座の返礼としてこれを惜しまず福分けしておいた。
リンゴをくれた秋田美人には感謝している、その証拠に4か月後、北海道で買った菓子をせめてもの礼にと持って行った。
秋田だけじゃない、久慈の人たちにだって深謝せずにいられない。
山形でも同様だった。
どこまで行っても一方通行に恩恵をあずかってばかりいて、旅をするのは誠におれの勝手次第だが、こんな厚かましい生き方も無いと思った。
かと言って人の親切を断る不道徳はないから、結局、ありがとうと言って享受する。
そうしてここまで、抱えきれない感謝を懐に蓄えて走ってきた。
そういう色々があって、なんだか久慈という町に暮らしてみたいような気もしたが、迫る北海道の夏を目前にしては立ち止まれない。
最初見た時「こんなヤバいライダーハウスが、蜂の宿以外にあるとは」云々思ったが、中身まで決め付けては損をする。
見た目にどんなにヤバくても、ヤバいだけとは限らない。
大槌町のライハあかぶと、久慈の優しい人々に感謝するばかりだ。
惜別の念をこらえて岩手を発ち、次なる目的地、八戸へと向かった。
ライダーハウスあかぶから望む三陸の海