良い人は一の損をして十の得をする。山形ミンタロハットと仏のオーナーと居候

おれは居候する狐だ。

山形市のゲストハウスでは2週間の居候を決め込んだ。

オーナーは強面の割に女のような優しい声で話し、人柄も良かった。

どうかすると客からは仏のようだと評された。

全くその通りだと思う。

オーナーの人の良さには感心を通り越して恐れ入った。

この宿では毎晩飲み会が開かれ様々の御馳走がテーブルに並ぶが、参加料を取らない。

大都市の駅前で一泊素泊まりたかだか4000円の宿が豪勢な夕食に加えて酒まで用意している。

加えて朝食に使える食パンや果物、卵とベーコン、飲料などを一通り揃えている。

これら全てにおいて定めた料金を取らない。

目立たないところにドネーション、いわゆるカンパ箱を設置するのみだ。

なおこの宿は、全室個室である。

これが仏の所業でなければ何だと言うのか。

一の損と、十の得。

居候とは今風で言えばフリーアコモデーションである。

少しの労働力と引き換えに屋根と壁と床を保証するものだ。

または食事まで保証することもある。

ただし給料はない。

この宿では無論、食う寝るを保証してくれた。

だがその割に仕事が容易過ぎる。

午前中の僅かに2時間ほどを少ない部屋の掃除とベッドメイク、風呂場の清掃くらいで過ごして後は一向に構わない。

居住スペースに立派なグランドピアノがあるため、おれはピアノを弾いて過ごすことが多かった。

また、朝や昼の紅茶をしばしば楽しんだ。

時折これでよいのかと不安になった。

おれは狐の割にここのオーナーという人に甘えすぎている。

狐が力を借りるべきはトラではないかと思った。

しかしこのオーナーは、経営者としてはまず虎と言って差し支えない仁者だった。

良い人は何をしても全く損である。

良い人であればこそ、おれみたいな馬鹿の相手もせねばならん。

だが自分が目下損しておくことは当分の得になることが多々ある。

この宿には尊敬に値する器量人ばかりが次々と集まり常連と化している。

この居候の期間に一体何人の経営者と出会っただろう。

オーナーは知ってか知らずか、ここに賢人の集う宿を作り上げている。

経営者などは大抵言動が常人と異なるため、すぐに分かる。

器量人によく見られる特徴が以下である。

・人に余計な指図をしない

・謙虚

・活動的で何でも自分でやる、やろうとする

・人の話を聞く

・肯定する

・軽々しく真剣な話題を持ち出さない

一様には決め付けれないが、大方この通りである。

どれも常人には到底出来ぬことばかりだ。

無論、当宿のオーナーはこの例に漏れない。

ある時よっぽど「オーナーはいま幸せか?」と聞こうと思った。

幸せそうであり、時々そうでないようにも見えたからである。

遂にそれは聞かなかったが、聞かなくて良かった。

その答えを知ったとて二進も三進も行かぬ。

自分で考えればそれで済む。

かくしてオーナーの優しさに甘え続けたのち山形を発つことになった。

今一度言っておくがおれは居候だ。

給料など無い。

オーナーには散々甘えた。

しかし彼はいよいよ別れ際になって、一枚の小さな封筒を申し訳なさそうに渡してきた。

何事かと思っていると「少ないけれど、これで美味しいものでも…」と信じられないことを言った。

いやこの人は本当の仏だと思った。

すっかり恐れ入ってしまって、きちんと礼を言ったかどうかも覚えていない。

ちょうどこの後、すぐ北の天童の町にある水車生そばという店で、名物の鳥中華でも食っていこうと考えていたから、この金でありがたく食わせてもらおうと思った。

この時は当然千円くらい入っているものと思って、封筒の中を検めぬまま財布に仕舞い込んだ。

しかし後日、とある岩手の宿で千円札が要り様になって開封した際、中から五千円札が飛び出してきたには驚いた。

それから数か月が経った今思い出しながらこれを書いているが、財布に入った封筒と中身の五千円札は今なおその時のままにある。

この五千円がいつ使われるのかと言うと、それは無論、これより南下して再びこの山形のミンタロハットに立ち寄る際、手土産となる高級の酒を買うために使われるのである。

スポンサーリンク







スポンサーリンク