上品な人だけが持つ「育ちが良い」という印象を与える特徴5つ

誰だって「下品な人だ」とは思われたくないだろう。

かと言って、上品な雰囲気を出すというのは非常に難しい。

本物の上品は、幼い頃からの上質な育ちによって確実に積み上げられてきたものだからだ。

しかし上品な人から何かを学んで、それを真似ることくらいは誰にでも出来るはずだ。

では、品格のある人たちを観察してみて、どこかどう違うのかを考えてみよう。

1.服装が小奇麗

まず分かるのが、どことなく品格を保ったキレイな服を着ていることだ。

もっと具体的に示そう。

上品に見える人は一般的に、ジャージや、それに準ずる楽そうな格好での外出を好まない。

オシャレには、フォーマルなオシャレとカジュアルなオシャレの二種類あるが、どちらかと言えばフォーマルに近い服を選んでいるようだ。

カジュアルなオシャレは、人によってはだらしなく見えたり、清潔でない印象を与えることがある。

カジュアル・ラフな服装を避けて、フォーマル・きれいめにこだわるのが、上品に見せるのに効果的と言える。

なにも私服でネクタイまで着用する必要はないが、ワイシャツや以下のようなテーラードジャケットは上品な私服の定番だ。

また、Tシャツやジョガーパンツなどの楽な服を着るにしても、サイズ次第で印象は違う。

サイズが大きくて余裕のある、ぶかぶかの物ではだらしなく見えるが、身体にピッタリ合ってだぶつかない服なら、品がよく見える。

2.食事のマナー

育ちの良し悪しが露骨に現れる。

上品を目指すうえで絶対に避けては通れない最重要課題だ。

ここでは要点だけをまとめて具体例を書く。

・箸やカトラリーの持ち方、扱い方

箸の持ち方が綺麗なのは日本人として当たり前、という空気さえ感じる。箸を正しく持てない、上手に扱えないのは致命的で、これによって育ちの悪さが露呈する。カトラリーの扱いが不慣れなのはやむを得ないとしても、正しい扱いを心得ていないのは、現代人としてはかなり野暮ったい。扱い方を知っておくだけでも大違いだから、学んでおいて損はない。

・食べ終わった後

茶碗に米粒をたくさん付けたままで食事を終えたりする人がいる。これは、しっかりした育ちの人ならまずやらない。米粒に限らず、食べ終わった後の皿に物が残らずキレイなほど、育ちが良いという印象を受ける。

・魚の食べ方

魚を綺麗に食べるのは難しい。ゆえに、ここで差が付く。見る人が見れば、魚を上手に食べ切れる人には感銘を受けるはずだ。骨に身を残さない、皮まで食べる、などが大きなポイントになるだろう。

・全般のマナー

上記の例に限らず、イタリアン、フレンチ、中華、会席、寿司にさえ細かなマナーがそれぞれ存在する。その全てを知り尽くして身に付けることは非常に難しいが、基本的ないくつかの事柄は知っておくべきだ。例えば、レストランで落としたカトラリーは拾うべきでないし、パスタを啜って食べるのも良くない。寿司屋でお会計の時に「おあいそ」とは言わない。

なお、いわゆるクチャラー等は言うに及ばぬのでここでは省略した。

3.習い事

育ちの良い人はしばしば、親から様々な教育を施され、教養を持つようである。

稽古の種類はピアノやバイオリン、バレエなど多岐にわたるが、最も多く見られるのは習字だ。

育ちの良い人は総じて書く字が美しい。

ピアノやバイオリンなど、音楽の才能には幼い頃からの訓練が欠かせない。

しかし字は、大人になってからでも容易に始められるし、いくらでも上達できる。

今からでも遅くはない。

練習を始めてみることを強く勧める。

なお、筆者もいま必死になって筆の勉強をしている。(独学で)

ド素人初心者が毛筆・書道を終始独学で勉強してみた。【六ヶ月目】

4.言動の違い

厳しい家庭に育った人が必ず指導されるのが、日常の言葉と行動である。

言葉遣い、特に下品な言葉や間違った言葉はすぐに正される。

悪い行いなども無論、指摘されるが、それだけにとどまらない。

例えば姿勢の良さや、癖の少なさは熱心な教育の賜物だ。

「無くて七癖有って四十八癖」などと言うが、変な癖が無いに越したことはない。

癖は直らないから「癖」であるから、自分で直すのは難しいと予想されるが、全く意識しないよりは「直そう」という気持ちを少し持つだけでも違いが生まれる。

また、姿勢の良し悪しは、見た目の品格を決める大きな要素になる。

厳しい家庭では、服の背中に定規を差し込まれた、という話もしばしば聞かれるほど。

立っても座っても歩いても、姿勢の良し悪しははっきりと見て取れるものだ。

言動を直すなら、まずは姿勢から直すことを最優先に考えるべきだろう。

5.ゆとりがある

これだけは具体例を挙げることが出来ない。

なぜなら、「ゆとりのある雰囲気」という曖昧で漠然としたものだからだ。

分析してみると、これは金銭的ゆとりから生じる精神的ゆとりによるところが大きいのかもしれない。

「貧乏暇なし」と言うし、環境が人間を作るとも言う。

であれば、豊かな生活がゆとりある雰囲気の人間を生み出したり、また、その逆もあり得るだろう。

この雰囲気を真似るためには、もっと細かい分析が必要になるが、例えば嗜好を真似てみるなどの方法には効果があるかもしれない。

代表的なところで言えば、空いた時間に飲むコーヒーや紅茶とか、嗜みとしてピアノやバイオリンに興じる、クラシック音楽を聴く、また、スポーツならクラシックバレエや乗馬をやってみる、などが挙げられる。

これらが精神に影響を与えて、どこからともなくゆとりが生まれることもあるだろう。

示した例以外でも、何か思いつくことや興味のあることに取り組むのは、価値のある行動に違いない。

今からでも遅くない

ここで最も書きたいのは、以上のことを身に付けるには、今からでも決して遅くはない、ということである。

「ああ、自分にはムリだ」などと簡単に諦めないでもらいたい。

もし今日から、上記のどれか一つでも努力し始めることが出来るのならば、あなたは一年後の自分に期待していい。

今日始めた努力を続けられるなら、一年後には別人になっている。

上品な人である必要はない。

しかし、上品な人になれれば、得することばかりだ。

いずれにせよ人間はゆっくりしか進めないのだから、そう焦らずに、「まずは出来るところからやってみよう」という意気込みが肝心である。

「自分の見せ方」の上手い人が、一番モテるし人生も上手くいくんだなぁと思った話

スポンサーリンク







スポンサーリンク