怒ると叱るは違う。「怒る」から「叱る」へ

怒ると叱るの違いについて考えてみる。

怒るのは自分のため、叱るのは人のため

怒る人は大抵、怒りたくて怒っている。

人に感情をぶつけたり怒鳴ったりすると、少しスッキリする。

イライラなどを解消できるかもしれない。

しかし、怒るというのは自分の感情を人にぶつけることであり、人にあたるということでもある。

怒った分だけ、自分のストレス発散のために周りの人間に嫌な思いをさせているのだ。

だから怒る人間は周囲からはワガママな奴だと思われる。

もっと良くない場合には、自分の感情をコントロール出来ない奴、悪い意味で子供っぽい人間だとも思われることになる。

怒るのは純粋に損である。

やめた方がいい。

叱るのは、人のためである。

叱るという行為には、怒る時のような「感情をぶつけている」という側面がない。

叱る人はあくまでも冷静であり、自分の感情を完全にコントロール下に置いている。

冷静な状態でなければ人を叱ることは出来ず、ただ怒っているだけになってしまうのだ。

さらに叱るという行為には「教える」「諭す」という要素が多分に含まれている。

相手が間違えている時に正しいことを教えて修正することが「叱る」に当たるのである。

人を叱っても、自分には恐らく何の利益も無い。

むしろ、口うるさいと思われる分だけ損だ。

それでも叱るのは、その人のためになると思うからである。

「コイツはどうでもいい」と思っている人間には、わざわざ叱らないものだ。

「怒る」から「叱る」へ

怒る人の中には感情のコントロールが出来ないだけの幼い人間も多いが、強く言うこと自体を良いことだと考えてあえて怒り口調で叱る人などもいる。

純粋に幼稚だから怒っている人は救いようが無いが、怒り口調で強く言うことを良いことだと考えている人は、そろそろ考え直すべきである。

怒鳴るのは、ハッキリ言えば日本の伝統だ。

伝統は大切だが、受け継がれるためには時代に合わせて変化させる必要もある。

昔の日本の「叱る」は、怒るのと同じような言い方で良かったはず。

しかし今は違う。

怒鳴ることは、暴力として扱われる時代だ。

もはや「あえて強く当たることで発破をかける」みたいな考えは通用しない。

古い時代の遺物みたいなごく少数のタイプからは理解を得られるかもしれないが、それ以外の全ての人間からは全く呆れられるだけである。

「怒る」から「叱る」へシフトする時代。

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