【中退のその後】大学中退から一年が経過した今、思うこと。感謝か後悔か?

一年前、大学をやめた。

退学の決まったのが新学年の開始する2週間前のことで、少々バタつきはしたものの、なんだかんだで生きている。

それから1年が経過したので、今思うことを書く。

「ありがたみ」と「後悔」

一年前の退学について、パッと出てくる感想は2つある。

ひとつは「ありがたみ」。

もう一つは「後悔」である。

まずは「ありがたみ」について。

あの時、大学をやめておいたことは正解だった。

この一年間は、大学生のままでいたら絶対に経験することのなかった沢山の出来事があった。

僕は学生時代には「自分を強く持っている方だ!」と確信していたが、この一年の様々の出来事から大いに影響を受け、考えも全く変わった。

自分がいかに狭く閉ざされた世界で生きてきたか、ほんの少しだけ理解するようになった。

一年という時間をここまで有意義に過ごせたのは、生まれて初めてのことであった。

大学をやめたからといって、すぐに何かが出来るわけではない。

世間から見れば、所詮はただのアホのガキである。

しかし学校を飛び出して自分の思い通りに動くことで、大学でボーっとしていれば得られなかったであろう経験を手に入れた。

この経験は、後々僕が生きていくのに必要なキーアイテムに大化けしてくれる。

逆に「若いうちに溜め込んだ経験・知識を後から活かす」という考え方がない人間は、学校をやめても有意義な時間を持つことは出来ないであろう。

そもそも何を言ってるか分からないと思う人は、分かるようになるまで大学でも高校でも絶対やめない方がいい。

大学やめてからの時間は全くもって、これらの経験のためにあると言っても過言ではないのだから。

次に、「後悔」について。

大学をやめてから一年が経過した今の自分だからこそ気が付いた、ひとつの後悔がある。

「これならもっと早くに学校をやめておくんだった」という後悔である。

僕は大学3年の最後に大学をやめた。

まあ百歩譲って初めの2年間は「経験しておくべき2年間だった」とする。

それにしても最後の1年間は、今となっては実に無駄だったような気がしてならない。

僕はもうあと一年早く、大学をやめられたはずだった。

そうしていれば、いま今日の時点で2倍の経験が出来ていた。

何かをやめる時には、すなわち損切りである。

続けても得が無い・損をするだけなら、出来るだけ早くに損を断ち切るべきだ。

会社も学校もダメなら辞める。何を捨てるかで人生の半分が決まる
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それが出来ていなかったことに、今更気が付いたのだった。

人生の時間は若いうちには無限のように感じられるが、実際は有限だから無駄なく使う必要がある。

そんなことは高校生の時から分かっていた。

分かっていたつもりだ。

しかし本当には分かっていなかったのだ。

後悔とは、後から気付くから後悔なのだ。

こんなところだ。

ただ圧倒的に「ありがたみ」の方が強い。

実は大学をやめる時、あのキャリアオタク学歴マニアであるはずの父が「やめてもいい」と言った。

その言葉にも背中を押されて、あの時大学をやめた。

それで救われた。

最後にひとつ念を押して、当たり前のことを書いておく。

普通に考えて、大学は卒業した方がいい。

大学を卒業したら、良いことはたくさんあっても悪いことは一つも無いのだ。

強いて悪い部分を挙げるなら、卒業のためだけに4年間拘束されるくらいのことだ。

中退を考えるなら、まずは「卒業に替えて今から将来のために出来ること」と「大卒という学歴」を天秤に掛けるのが良い。

話はそれからだ。

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