日本人の「形の無いものに対して金を払う必要性の感じなさ」は異常。接客(サービス)業の苦悩の原因

安くて美味いものが無性に食べたくなることがある。

一食でどうあがいても1000円を超えないけど、でも美味い、そういうやつ。

インターネットで適当に探して高評価の店を見ると、良い評価に紛れて「味は悪くないけど…」系の評価がほぼ必ず見られる。

そういう人たちはこの店に、一体何を期待しているのだろうか?

「親切」と「サービス」は違う。

親切はタダだ。

有料の親切なんかあってたまるか。

しかしサービスは有料だ。

というかサービスこそ「有料の親切」に他ならない。

世界中の人が「日本人は親切だ」と言う。

確かにそうだ。

日本人はバチクソ親切である。

店に入っても、それが仕事であるにも関わらず店員はみんな無料で親切だし、しかも丁寧だ。

で、今の日本だとそれが当たり前だ。

ヤバいことが当たり前になってしまった。

本来有料であるはずのモノが「当然無料」だと。

だからもし激安な店の店員が客に多少の不親切をしたとして、客がそれに対して「このクソ店員が!」「この店の従業員はダメだ!」となってしまっても、その客が日本人中高年サラリーマンだとしたら仕方がないことかもしれない。

(聞くところによると、中高年リーマンくらいの層にそういうのが異様に多いらしい。言われてみれば、たしかに思い当たる節がてんこ盛り)

店員の態度があまりに悪いなら、少し気分を害されるかもしれないし、そうなれば楽しく食事をする気分でもなくなるかもしれない。

しかし大概は気にしなければ済む程度のことがほとんどだ。

例を挙げよう。

「店員がちょっと無愛想」

↑美味しければとりあえずいいじゃん、それくらい許してやれよ。

「客がいない時に本を読んでいた」

↑それであなたが損をするんですか?

「役所の職員が業務中にもかかわらず午後ティーを飲んでいた」

↑は?

にしても、客側になった時の(特定の層の)日本人の「丁重に扱われなければ気が済まなさ」は異常だ。

そんなにベリーインポータントパーソン的な扱いを受けたいのなら是非とも、ランチ一食5000円~のリストランテにでも行くといい。

そんな店のウェイターの気の利き様には、人情の機微に触れるものがあり感動すら覚える。

良い料理屋の高いのは、料理だけで高いのではない。

その他諸々(接客、内装外装雰囲気作り、立地等)が含まれてようやくその価格となっている。

それを踏まえて考えれば、安い店に行って「もっと愛想良くやれないのか!こちとらお客様やぞ!」なんてことを言うのは、「なんでこの店はこんなに駅から遠いんだ!もっとうちらお客様が来やすい駅近に店構えろや!」って言うのと似ている。

どんだけワガママな客やねん、ならあんたらお客様がその分金払ってくれや!ってお店の人はきっと言いたいだろう。

でもきっと言えないだろう。

ならば、せめて僕が代わりに言ってあげよう。

大衆食堂でお食事中の皆さん、美味しかったら是非とも高評価をお願い致します!

大衆食堂は接客よりも雰囲気よりもお味で勝負しています!

だからこそこのお値段で美味しいものをお客様方に提供できております!

皆さまのご愛顧まことにありがとうございます!

今日言いたいことは以上です。

(※安いのに接客や雰囲気もいいすごいお店もあります)

(よく考えたら、マックの「スマイル0円」ってとんでもないタダ働きだな)

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